鴨川ピクニック

「わたし、ここなら一日中いられる。」

鴨川のほとり。彼女は気持ちよさそうに目を細めている。すい臓がんだった。私達は川沿いにレジャーシートを広げ、京都で大人気というパンをほお張りながら、お喋りを楽しんでいた。

難治の小児がんと診断された息子を連れ、セカンドオピニオンを受けるためこの地を訪れた我が家と、このピクニックを計画してくれた彼女も、男の子のお母さんだ。母としてやりたいことをして過ごしたい。命の時間と向き合い続け、厳しい副作用にも耐え続けた彼女は、自らの意思で最後の抗がん剤を終え、痛み止めを使いながら毎日を送っていた。髪の毛が伸びるのが楽しみ、お洒落好きな彼女はそう言い、リュックから一眼レフカメラを取り出すと私達にレンズを向けた。家族を撮るのが好き、と何枚もシャッターを切った。チューして!と乗せられた。

心とお腹を満たした私は病院で落ち着いて医師とコミュニケーションをとることができた。希望を求め、はるばる訪れた一家が、実は陽気なピクニックの帰りだなんて、医師は思いもしなかったはず。

あの日から半年が過ぎ、彼女は亡くなった。

息子の付き添いで葬儀に参列は叶わなかったが、後日、友人と自宅に伺った。自分で選んだという遺影。これ以上ない笑顔とかっこいい佇まいにどこまでも彼女の意思をみた。同時に悲しみが一気に押し寄せた。私は、苦しみや不安に寄り添えていたろうか。いい友人だったろうか。もっと笑い合いたかった。

夜、家に帰ると一通の手紙が届いていた。見覚えのある字に思いがこみあげる。「たくさん、たくさん愛を注いでくれてありがとう。」そこには残される人の心にも寄り添い言葉を綴る、彼女の優しさと強さがあった。生きるって本当に楽じゃない。でも「生きることって、時に、本当に素晴らしい瞬間が訪れるときがあるから。」私はその言葉を信じて生きる。きっとまた出会える。写真のような瞬間に。