ガンがくれた宝物・新たな船出

「どうしたら死ねるんだろう。」一日中考えていた頃の私。高校卒業と同時に働きながら看護学校へという生活の中で理想と現実のギャップに看護する側から、される側へと。

躁うつ病と診断され精神病という泥沼から抜けるのに10年という月日がかかり、男手一つで育ててくれた父を苦しませてきた。

そんな私が「絶対生きてみせる!」心に誓う「S状結腸癌でステージ4です。」医師は冷静に状況を説明してくれた。目の前が真っ暗になったと共に一筋の光も私の心に射した。

小学2年生の長男と5才の長女の存在だ。「お母さん、毎日病院に来るから病気治して。」その言葉がどれ程勇気をくれた事か。

私は30代の頃病院就労支援で主人と出逢って、結婚したが、その頃から人生を前向きに考える大切さを教わった。ただ結婚当初は環境も変わり、病気が再発して、育児どころではなく、主人の育児の負担が多くなった。主人には感謝してもしたりない。子供がある程度大きくなり、家事も徐々にと思っていた矢先「癌」の宣告に、これは悪い夢ではと思った。私には守るべき家族ができ、そして支えられていたことをこの時程身にしみた。と同時に癌と闘うと誓った。一日でも家族と一緒にいたいその一心で抗ガン剤で食欲、体力の低下が心配されたが、毎日学校や保育園で疲れているのに関わらず約束通りに面会に来てくれる家族に励まされ、食事は完食して医師もびっくりする程元気だった。

手術中、思ったより大きな腫瘍があったが医師が切除してくれ無事に終わった。

目覚めた時、家族が覗き込んで嬉しそうに「お母さん、良かったね。」と言ってくれた。「ああ生きているんだ」と実感した。

あれから3年平凡な毎日を過ごしているが、私にとって癌は家族の絆を強くしてくれた宝物でこれからの人生の新たな船出だと思う。